私の簡単な読書歴

ドストエフスキーの霊言 ―ロシアの大文豪に隠された魂の秘密―

読みました。

いや、ドストエフスキー、懐かしいですね。

大学生だった20代前半のころ、世界文学全集のようなもの、世界の代表的な文学書をよく読んでいました。

イギリス文学、アメリカ文学、フランス文学、ドイツ文学、ロシア文学、その他。

その中でも、ドストエフスキーとトルストイはよく読んでいました。

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』なんてまさに圧巻ですね。

とはいえ、私が文学にはまっていたのは、大学生だった20代前半のころで、今から30年以上前なので、読んだ文学書の内容はほとんど覚えていません。

20代前半を過ぎて20代後半になると、完全に興味が宗教、精神世界に移ってしまい、それ以降、あれだけ読んでいた文学書や小説を読むことはほとんどなくなりました。

20代前半に文学とともに熱中していたものが哲学です。世界の大哲学者、大思想家の哲学、思想を勉強していました。

プラトン、アリストテレス、モンテーニュ、カントにヘーゲル、ルソーにパスカルにスピノザにデカルト、ハイデッガーにヤスパース、フロイトにユングにエマソン、その他多数。

とくにショーペンハウアー哲学を読んで歓喜しました。自分と同じようなことを考えていた人がいたということで。ショーペンハウアーは「この世は地獄よりなお悪い世界である」という世界最大の厭世(えんせい)哲学を打ち立てた天才哲学者です。

カントの三大批判書『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』を読破したのもこのころです。

しかし、20代後半になると、完全に興味が宗教、精神世界に移ってしまい、あれだけ読んでいた哲学書も文学書もほとんど読まなくなり、読む本はおもに、宗教、仏教、霊界、精神世界、大川隆法総裁の本になりました。

ということで、あれだけ読んでいた文学書も哲学書も読んでいたころからすでに30年もたっているので、内容はほとんど覚えていません。しかし、20代前半から20代半ばにかけて、文学と哲学を一生懸命に勉強したということは、自分の血肉になっていると思うので、その勉強は無駄にはなっていないと思います。

さて、今回はそのドストエフスキーの霊言です。ドストエフスキーは言うまでもなく、トルストイとともにロシアを代表する世界的大文豪です。そしてトルストイ同様、9次元霊です。前世はゾロアスター、マニという、これまた9次元霊です。

ゾロアスター、マニのときは、ゾロアスター教、マニ教という宗教の教祖として出ましたが、今回はロシアを代表する文豪として出たようです。

それでは、本書から引用します。

古代のゾロアスター教で説かれていた天国と地獄の教えとは

ドストエフスキー

ゾロアスター教の教えはいろいろあるけど、簡単に言やあ、「光の神と闇の神がいて、宇宙で戦っているんだ」ということだね。だけど、真なる神は光の神のほうで、光の神は「アフラ・マズダー」、闇の神は「アーリマン」といって、この二つの勢力があって、戦っている。

これは、地上に生きる者にとっては、そのとおりなんですよ。光の天使たちも影響してるけど、地獄の悪魔たちも影響しているから、地上においては、そのとおり。全体的に拮抗(きっこう)してるようなものかどうかは別としてね。

そのなかで、地上では、玉石混交(ぎょくせきこんこう)でいろんな教えが説かれたり、いろんな政治や経済活動や言論活動が行われるけど、その善悪を選び取っていく作業がとても大事で、その基準を教えるのが宗教っていうことだよね。

だから、そういう光の神と闇の神がいて、この世で戦争を起こしたり、いろいろと揉(も)め事を起こしたり、人々を弾圧したり、病気が起きたり、飢饉(ききん)が起きたりするわけだ。

だけど、何て言うかねえ、人間は死後、あの世の世界に行く。ゾロアスター教の教えでも、あの世の世界に行くんだけども、あの世の世界へ渡っていくときに、あなたがた日本であれば、たぶん、「三途(さんず)の川を渡る」みたいな感じがあるんでしょう?

三途の川を渡っていくんだろうけど、このゾロアスター教っていうペルシャやイランを中心とするあたりの宗教では、崖(がけ)みたいなのがあって、こっちから向こうに行くのに、谷を渡らないといけない。だけど、そこに、日本刀ではないんだけど、刃(は)の付いた剣みたいなのを渡してあるわけよ。

そして、その(刃 やいばが)横になった剣の上を歩いていって、その人が生きていたときに善人だったら、そのまま歩いて渡してくれる。悪人だったら、歩いてる途中に、この横になってる刃が縦になって、あっという間に真っ二つに切り裂かれて、谷の底に堕(お)ちていって、地獄行きっていう。

まあ、こんなような教えを、ゾロアスター教は説いているんだよな。こういうことで、多少、幼稚で、一般の人にも分かる程度の話ではあろうかと思う。「善人は天国に逃がしてくれるけど、悪人は真っ二つに裂かれて地獄に堕ちる」っていう、そういう教えだよね。単純化すりゃあ、そういうことになることはなるかね。

やっぱり、これだけでも来世(らいせ)を畏(おそ)れて、この世の生き方を慎(つつし)む人はいっぱい出てくるわけなので、そういう意味で、意味があったのかなとは思うなあ。うーん。

まえがき

ある意味でかなり難しい本である。

単に文学論として、ドストエフスキーを論じているわけではないからである。

宗教論や神の世界計画まで含まれている。

あの難解なドストエフスキーを一行ずつ読んでいた愛読者にとっては、脳天に一喝(いっかつ)をうけた思いがするだろう。

とまれ、本書をドストエフスキー入門としても読むことは可能だし、トルストイ論との対比にも魅力はあるだろう。

いったん心を空(むな)しくして、ロシアの大文豪の、現在での霊言として読み取って下されば幸いである。

2017年 12月15日

幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法

あとがき

この世において、文学や思想の天国性、地獄性を見分け、光と闇の系譜(けいふ)を明らかにすることは困難な事業である。

ドストエフスキーの研究者は多かろうが、その霊的真実にここまで迫った方はいないだろう。

新聞等では、またぞろ「詰め込み教育の害を排する」と称して、世界史や日本史に登場する各三千数百名の人名を二千名程度に減らそうと、教科書の改訂議論が進められていることが報道されている。それによれば、日本史では、吉田松陰や坂本龍馬らが名前を消されるが、世界史的には、ドストエフスキーも消されるという。

おそらく、文科省の役人は、ドストエフスキーなど読んでもいなかろうが、本書の読者には、こうした方向が、間違っていることに気づかれることだろう。”光”を見失ってはなるまい。

2017年 12月15日

幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法

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